自販機
自販機の前に立っている。
暗がりの片隅を、ぼんやりと照らすその光。
ジー……という稼働音だけが響く、無音の空間。
ここは、深夜の病院だ。
二時間ほど前まで、右耳の激痛にのたうち回っていた。
ようやくの思いで救急外来に辿り着き、診察を受けると、耳の奥に膿が溜まっていたらしい。
それを抜いてもらい、鎮痛剤も処方された。
今は、痛みもだいぶ和らいできた。
夜の病院でも、自販機は眠らない。
時折、患者が光に吸い寄せられる蛾のように現れては、ガシャンとジュースを買っていく。
そしてまた、闇の中へと消えていく。
眠気覚ましにアイスコーヒーを飲もうと、ボタンに手を伸ばした。
少しかがんで缶を取ろうとしたとき、床に一枚の付箋が落ちているのに気づいた。
『のどじまん大会』
そう書かれていた。
のどじまん大会?
NHKのあれだろうか。
それとも、学校や職場で開かれる私的なもの?
想像しても答えは出ない。
けれど、なぜかこの病院のどこかにいる誰かの、大切な約束のような気がしてならなかった。
ジー……ガガッ。
自販機が音を立てる。
私はその付箋を、なんとなくおつり返却口の近くに貼り付けた。
私が病院を出たあと、剥がれ落ちてしまうかもしれない。
それでも、いいと思った。