世界
──世界の広さを知りたかった。
メゾンドアルページュ203号室についての苦情が、今日になってまた二件入った。悪臭についてのものだ。
ついに重い腰を上げ、大家と連絡を取り合い、管理会社として現地を確認しに行くことになった。
外から確認できる範囲では、カーテンは半分閉められており、その表面には蝿が一面に張り付いていた。その光景だけで、我々は最悪の事態を想像してしまった。
マンションの共用部には、すでに異臭が漂っていた。我々は顔を見合わせる。
階段で二階に上がるころには、鼻の奥が痛むほどだった。葡萄が腐ったような、甘く、しかし耐えがたい強烈な臭いが充満している。
ドアの前で一瞬立ち止まり、呼び鈴を鳴らす。もちろん返事はない。
意を決して合鍵を鍵穴に差し込む。緊張が走る。
ドアが、キイイ、と音を立てて開いた。
──その瞬間だった。
世界が膨張し、内側から破裂するのを、私は目で、そして触覚で感じた。抑圧されていた空間が一気に解き放たれ、歓喜の羽音が渦となって巻き起こる。
私たちは歌うように飛び立った。私も兄弟たちの流れに身を任せ、外の新鮮な空気を何度も吸い込み、確かな幸福を感じる。
もう、ここに戻ることはないだろう。
さようなら、抑圧された世界。
──すると突然、視界が真っ暗になった。
うぺっ!
どうやら吐き気をこらえて大きく深呼吸した拍子に、蝿を一匹飲み込んでしまったらしい。
……今日はもう、晩飯は食べられそうにないな。