ピース
ケントはピースをした。
きっちりと立てられた二本指を囲む空間は、勝利の象徴にはそぐわない場所だった。
蒼白な聴衆を尻目に、ケントは左の口角を吊り上げ、時折鼻先を押さえ、頭をぽりぽりと掻いていた。
「今すぐ謝れ」
その言葉を待っていたかのように、ケントは今度は中指を一本立てた。
続けてスマホを取り出し、指と舌を突き出した自分を添えて自撮りする。
「おい、誰かこいつを摘み出せ」
怒号が飛び交うなか、ケントの“挑発”は瞬時に彼の手からSNSへ発信され、全世界へ解き放たれた。
次の瞬間、拳がケントの頬を打ち抜く。
殴られ、蹴られ、引きずられる。
そのあいだも、ケントのスマホだけが忙しなく震え続けていた。
やがてケントは、ぼろ布のように転がされる。
ぴくりとも動かない。
鳴り止まないスマホだけが、彼の賛同者だった。