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1月, 2026の投稿を表示しています

電子レンジ

私は適当に袋から取り出され皿に盛られた。 そして電子レンジに入れられ──。 約4分半の間は私の人生で最も楽しい幸福な瞬間であった。脳がピンク色の思考で溢れ目の玉がハートになるような甘美な夢を見ていたかのようであった。夢なのか現実なのかその中間でもなんでもとにかくその時の感覚はまさに至福の一言であった。すっかりのぼせ上がった私は熱々になってしまった。もう心残りは無かった。

ある中華屋にて─2026年1月某日

こんもりと盛られた白ご飯に中華餡がたっぷりと垂らされる。 餡が平皿を少し溢れ茶色い糸を引く。 レンゲの中の茶色い海に自分の顔が写っている。 グラスにはよく冷えたレモン水が無数の水滴を作っていた。 厨房の巨大なせいろから白い蒸気が立ち昇ったのと同時にレンゲを口に取った。

魚が泳いでいる。 40cm四方の水槽に細長い淡水魚がそこで止まったかのように一匹泳いでいる。 魚の他には白い細かい砂が底に敷き詰めてあって一つだけレンガで出来たトンネルが申し訳程度に設置してある。 実際のところ魚は何も考えていない。 ただ、そこにいた。 水槽が置いてある部屋には君がいる。 白を基調にした6畳間にミニマリストにしては少し多い程度の手荷物が床に綺麗に並べられている。 昼白色の照明が明々と部屋を照らしている。 この部屋には魚と君の影がある。 君は魚を見つめている。 魚は君の方を向いているが見てはいない。 魚は何も考えていない。 君も何も考えていない。

頭の中のスケッチ

窓から差し込む陽光を背にマグカップの縁を小さいランナーが走る。 一周するのに5分かかる。 小さな身体に汗が吹き出す。 窓の外の木枯らしが隙間風となり部屋の気だるい空気を対流させる。 時計は午後4時を指している。 もう何周しただろうか。 マグカップの外は崖。中は飲み残しのコーヒーの海を泳ぐ鮫だらけだ。 走らなければ。 私はその日、マグカップを一日中見つめていた気がする。

芋虫

トムはアメリカ人だった。 今はアゲハチョウの芋虫だ。 自分より大きな葉の上で葉を喰んでいる。 トムは肉が好きでサラダがこの世の食べ物で一番嫌いだった。 タイヤを食った方がマシだと思っていた。 そして、芋虫になった今もとても不味い!それは変わらない。 地獄にいるようである。 だが、地獄を超越するくらい食欲が湧いてくる。 涙は出ないが泣きながら葉を喰む。 食欲が憎い。

楽しい正月

やはりクリスマス、正月の期間は自分の孤独が強調され、さみしかった。 スーパーに行くと家族連れがご近所さんと偶々出会ったのか通路の真ん中で新年の挨拶をしていた。 子供はつまらなそうにカートの周りをじたばたしていた。 正月特有の食材も少なくなった。 最近睡眠時無呼吸症候群のせいで、寝ても全然眠気が取れず、こんな調子で来年も年を越せるのだろうかと今から不安になってくる。 年を跨いでから寒さは本格的にやってくる。寒さがフリースを突き抜ける。夏は嫌いだが、冬も考えようだ。

全知全能の神がいた。 原始の時代から現代に至るまでの古今東西至るところに住む全ての人間の名前、生年月日、死亡年月日を記憶していた。やろうと思えば全ての人間の人生に追憶することもできた。それもほんの一秒足らずにおいてである。然るに太古より人類が培ってきた知恵を余すところなく無限に膨らむ風船のように蓄えていたのである。 だが神は自殺した。神は人間の人生、知恵を吸収する内にその残虐性にまざまざと触れたのである。このちっぽけな蛋白質の塊は個においてでも相当な悪党だ。集団であるなら尚更だ。この世において神などは全くの無力なのだ。 神が天界より飛び降り地上にぶつかった瞬間彼の肉体は凄まじい光の玉に変貌し、玉はドーム型に膨れ、加速度的に光の波が世界を駆け巡った。光を浴びた人類は知恵が与えられ、その知恵を使って科学戦争をし、滅んだ。

道化師

ガブリエルは道化師の仮装をして目を若干伏せながら歩いている。手には赤い風船を携えている。 大人たちはみんな思い思いの仮装をしているがガブリエルは人柄のせいか悪目立ちしている。 彼が口をきけないことは街中の誰もが知っている。また、それは殺された両親の遺体を見たショックからだということは街の半分の者が知っている。 それからは彼はグレた。街の人気者の警官のアンドリューと揉み合いになり彼を殴り殺して牢屋にブチこまれたことは隣町の住人でさえ知っているかもしれない。 彼はクリスチャンだ。刑務所内のいじめを察知し、彼をいち早く独房に移してくれた看守が熱心なキリスト教徒だったのだ。出所してからまず最初に向かったのが教会だった。 誰も知らないことがある。彼は子供好きなのだ。本当は家庭を持ちたかったが前科者で口の聞けない自分には高望みだと諦めていた。 それから孤独に暮らした。一日に人と関わるのは教会の司祭、シスター、掃除夫との何気ない挨拶だけだ。 それから月日が経った。司祭は一人が死に一人が左遷されて今は若者がつとめている。シスターはお婆さんになり少しボケ始めた。掃除夫は死に今は市からの派遣員が機械的に仕事をしている。 ガブリエルは何も変わっていなかった。頭脳は衰え体はキシむが、しかし、何も変わっていないことが自分で分かるのだ。それがいいことなのかなどは考えなかった。全ては神が決めたことだ。それが、その通りなのだ。 若い司祭は街を復興させようとハロウィンパーティーを町議会に提案した。予算もかからず反対する理由もないので毎年10月の最終日には仮想パーティが町のメインストリート、A通りで催されるようになった。 決定から5年がたち、都会からもちらほら観光客が仮想を見に来るようになった。司祭は祭りの季節になると町民にぜひ仮装して下さい!と挨拶まわりをするようになった。 ガブリエルはその季節になると教会に運ぶ足が重くなるほどその勧誘が嫌だったが、ついに根負けしてしまった。 街の変わり者は男の子をちらちら見る。歩き方がぎくしゃくして機械みたいだ。男の子は不安げだ。男の子の父親は怪訝な顔をしている。ガブリエルは男の子の眼の前で歩みを止めて震える手で風船を渡す仕草をする。父親は息子の身を少し自分に寄せる。1つの風船が手を離れ空に飛んでいってしまった。ガブリエルは唇を噛み締めながら震える手でもう一つの風...